AO入試の猿真似は無意味

英語を学べばバカになる 薬師院仁志 読みました
『外国語の支配を受けず、外国語に依存せずとも生きてゆけるという日本の状況は、喜ぶべきことなのだ。さらに言えば、英語に支配された国々がアメリカ化への防御壁を失っている一方、母語が安定している国は、自分達の社会を自分達で考える可能性を持っているとさえ言える。われわれは、莫大なカネと時間と努力とを要する英語公用語化を考えるよりも、日本語で成り立つ社会を維持し発展させることを考えた方が得策なのである』
スウェーデン程度の人口規模では、「鑑賞人口が少ないから、ディズニーのアニメ映画の吹き替え版を制作するコストがひねり出せない」ため「子供達はディズニーアニメを英語で楽しむしかない」のである。ディズニーのような大資本でも吹き替え版がつくれないような言語では、子供がアニメを楽しむにしても、外国語が必要となる。そうなると、外国語は別世界の言葉ではなく、否が応でも触れなければならない日常語となるのである』
『では、日本は英語大国になれるのか。おそらく、不可能であろう。一億人以上の人口を数える日本は、国民全体が外国語に依存しなければ生きてゆけないような状況にはないし、北欧型福祉国家のような平等化政策の下で英語教育をするとも考えらえられないからである。全体のレベルが向上することは絶対にない』
『一部の者が特別の教育を受けるのは、格差を助長するだけでしかない。豊かな家庭に生まれれば英語を学ぶ機会にも恵まれるのであって、英語が出来るから豊かになるのではない。このような社会において、英語を学べば自分も豊かになると考えることは、はじめから的外れなのである』
『そもそも、語学が武器になる人間は、伝えるべき内容をすでに持っている人間だけである。だが、外国語を学んでまで相手に伝えなければならない知識や専門性を持って居る人間が、いったいどれだけいるのだ』
『個人の成功や出世の手段として考えた場合でも、まず英語を学ぶというのは、非常に効率が悪いと言わざるをえない。それ以前に必要なものがたくさんあるのだ。それに、他の知識をさしおいて、英語力だけが向上するということは無い。たとえ何語であれ、自分の知識の範囲内でしか語彙は増えないし、自分の思考力以上の言語表現は出来ないのである』