優れた演説には人の心を揺さぶり歴史を動かし世界を変える力がある

あの演説はなぜ人を動かしたのか 川上徹也 読みました
『江戸時代までの日本には、現在の意味での「演説」という概念はありませんでした。自分の意見を言う時には、文章にしたためるというのが一般的な習慣だったからです。日本の明治以前の歴史で名演説と呼ばれるものが見つからないのは、このような習慣に由来するものだと思われます。殆ど唯一、名演説として伝わっているのが、鎌倉時代源頼朝の妻で尼将軍と呼ばれた北条政子が、承久の乱で動揺する御家人に向かって言ったものです。しかしこれも、厳密には北条政子が演説をしたわけではなく、政子が書いた文章を代理の人間が読み上げるという形式のものだったと言われています』
『以下の三つの要素が含まれていることが「ストーリーの黄金律」です
?何かが欠落した、もしくは欠落させられた主人公
?主人公がなんとしてもやり遂げようとする遠く険しい目標・ゴール
?乗り越えなければならない数多くの葛藤・障害・敵対するもの』
『「郵政三事業の民営化に反対するということは、手足を縛って泳げというようなものだ」などの分りやすい比喩も効果的です。また郵政民営化を地動説になぞらえ、ガリレオ・ガリレイの例を持ち出したのも印象を強くしました』
『田中は演説の中で、自分もそんな新潟県民の一員なのだということを確認するようなフレーズを必ず入れます。この演説で言えば、「あの吹雪の中、目も口も開けられないで小学校に通った子供時代のことを思えば、しかし、そんなことはナンでもない」という部分です。このフレーズがあることで、聴衆は、田中が自分達の一員であることを確認し、感情移入するのです』
『まず冒頭でオバマは自らの出自を明らかにします。従来の政治的な常識からすればマイナスになるかもしれない自分の歴史を隠さず語ることで、むしろ武器に変えていきます。自らの人種問題、父親がアフリカからの留学生、また一般には風変わりに聞こえる自分の名前の由来などです。これらは根強い人種差別問題を抱えるアメリカにおいては、政治家にとって大きな障害になる可能性が高い事実です。実際にオバマが有力な大統領候補として注目されてからも、多くの人は「あの名前では当選するわけが無い」と陰口を言う人が後を経ちませんでした。しかしオバマはそれらのマイナスポイントを隠すのではなく、むしろ積極的に開示します。そうすることで、潜在的な不安を抱えている聴衆はむしろ安心し、応援しようという気にさえなるのです』
『ブッシュはこの演説の冒頭で、当日起こった悲しむべき事件について振り返ります。そしてそれを悲しみだけでなく、怒りへと転化して行きます。さらに「テロリストの目的は失敗した」と断言します。なぜなら「自分たちはもっと強いから」です。』
『演説の中に、覚えやすいスローガンを入れるのは、人々の記憶に残るためにはとても有効です。今まで見てきたなかでも、小泉純一郎「聖域なき構造改革」、田中角栄「日本列島改造」、バラクオバマ「change」、ジョージブッシュ「テロとの戦い」等、分りやすいスローガンは覚えやすいことから、後世の評価は別にして、それを掲げた政治家たちは国民の人気を得ることが多いのです。こうして「ニューフロンティア」を掲げ民主党の大統領候補になったケネディは、共和党の大統領候補リチャード・ニクソンと争うことになりました』
ケネディは。目標が達成できるかどうかは「国民ひとりひとりの行動にかかっている」とストーリーの主人公を聴衆に引き渡します。さらに「この歴史に残る仕事に、あなたも参加していただきたいのです」と行動を促します。そして、この演説で一番有名な「国から何をしてもらうか問わないでください。あなたが国のために何が出来るかを問うのです」というフレーズが語られるのです。』
オバマの演説によく出てくる色々な人種や立場の人々を列挙している手法は、このキングの演説の最後にある「すべての神の子は、黒人も白人も、ユダヤ教徒キリスト教徒も、プロテスタントカトリックも、すべてが手を取り合って」という部分を参考にしていると思われます。畳み掛けるように色々な地名が出てくるところや、まるで自分がそこにいるように、自然と目に情景が浮かぶようなシーンを語るのも、キングのこの演説を研究した成果でしょう』